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2013年9月10日

JICA帰国専門家連絡会かながわ(JECK)会報への投稿JeckLogo.jpgJeckLogo.jpg

平成15年のJICA帰国専門家連絡会かながわ(JICA Experts Conference Kanagawa: JECK)創立より関わっております谷保です。あれから10年経たこと大変感慨深く、いろいろなことが思い出されますが、今回、会報21号の原稿依頼を受け、改めてJECKと私の関わりの意義について考えてみました。そこで考えたことを、会報の編集委員のご意向で、今回から会報の新たな企画である「JECK論壇」という主旨のテーマでも可ということなので投稿いたします。

JICAの専門家派遣は、来年に創立50周年を迎える青年海外協力隊事業より長い蓄積があるそうですが、残念ながら、「専門家“エキスパート”という名称は、現場においても協力隊より知名度が低いなあ」というのが私の実感です。「専門家の知名度を上げなければ」という使命感は、私にはありません。ただ、「この素敵なグループは、ある意味で日本そのものを象徴するものであり、もっと知られ得るべきものではないか」と日ごろ歯がゆく感じております。

私のこの気持ちを端的に表したものが、私へのインタビュー記事として昨年の「国際開発ジャーナル」11月号に掲載されていますので、以下に紹介します。この時の特集は、「キャリアパス~専門性が開く道~」というものであり、紹介の部分は、特集の主旨とは逆行(?)して、「専門家と呼ばれるようになってキャリアパスができたと勘違いするな」と特に若い世代を諌めた所です。

~中略~「谷保さんはJICA帰国専門家連絡会かながわ(JECK)の事務局を務めていたが、「専門家の中には、定年近くまで民間の大手企業の技術畑一本でやってきた人もいます。彼らは『自分の人生の中で、専門家などと呼ばれたことはない』と恥らいながらも嬉しそうにしていました。本来、『専門家』という言葉はそれだけの重みを持つもの。それをわきまえつつ、謙虚に自分の専門性を磨いていくことが重要だと思います」。~略~

補足ですが、もともと、専門家派遣事業は、民間の他の事業と同様に、プロジェクトの成果が問われるべきであって、ボランティア業のような派遣元団体が第一に評価されるものではなく、個々の専門家は、その意味ではあまり注目されないのも当然の結果だといえます。

JECK創立当初、我々事務局が一番心配していたのが、「はたして会員がそんなに集まるかしら?」というものでした。また、この10年、現在の植岡代表で4代目となりましたが、会員の維持や拡大は、代々継続された悩みであることに変わりないようです。しかし、「日本人というのはbelonging(所属感・帰属性)を好む人種なのだからそんなに心配することはない」と、当時JECKに新たに参入して来た谷岡さんが私にこう諭してくれました。確かに、会社を勤め上げて定年退職された方の参加は既に多く、2007年の団塊の世代の大量定年を控えていた時期でもあり、この谷岡さんの言葉に私は妙に納得したものでした。それから、現在まで「現役あるいは若者の参加が少ないじゃないか」という恒常的な不満や課題はあるものの、全国40団体以上あると言われる都道府県別の専門家連絡会の中で新参者の連絡会の一つながら、JECKは、現在でも自立継続性の高いものであり、また、最も活発な活動をしていることに、私は初代事務局長として誇りを持っています。

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ワークショップにてカウンターパートに詰め寄られ、たじたじの専門家の図


さて、ここからが本題です。私、小さいながら開発コンサルティングを生業とする会社を経営しております。私を含めスタッフは全員、JICA専門家としての業務に携わった経験があります。最近そんな私が富に考えることが、前段で延べたbelongingなのです。会社に所属するということにどういう意義があるのかということです。それは、当然ながら、「経営者の事業モデルであり、ビジョンであり、戦略・計画だ!」と、常日頃スタッフから突き上げられている私ですが、それでも、恥を忍んで申し上げます。

弊社のホームページで私が申している通り、もともと「一匹狼の専門家のプラットホーム」を目指して会社を立ち上げました。「日本のODAはチーム力だ。そのためには、プロジェクトの一括受注だ。それには、プロジェクトを広く一括で民活化してもらいたい。」というのが、私の一貫した主張です。しかし、数少ない民活型の公示に対してプロジェクトを一括受注するには、会社を大きくする、あるいはそれ相当の会社の体力が必要です。そのためには、とにかく降って湧いてくる案件の受注優先。で、「ビジネスモデルはどうなってんの?」。それが、この十数年間のジレンマでした。最近、このジレンマを、会社の初心に立ち返って、もう一度見直すことが私にとって最優先課題であると痛感しております。開発業務において、日常的に我々がエラそうに指導している文言なのでお恥ずかしい話ですが、会社を「サステイナブル」な組織とすることを第一に考えるという決意をしました。「遅いじゃないか」という声も聞こえそうですが。

さて、話をbelongingへ戻します。私自身、会社立ち上げ前の十年間は一匹狼でした。belonging感もbelonging性も皆無という状態ですが、所属無しというのも良いものです。気楽でもあります。自分のネットワークだけで、うまく業務をこなして、そうして次の仕事に結び付ける。家族はいつも一緒で、自分についてくる。キャリアパスはしていなくても、なにかキャリアが自然に付いてくるような理想的な状態であるとまで感じた時期もありました。一方で、クライアント側にとっても、現場においてその実力や素行もよく知っている者が子連れの家族共々頼ってくるのを、なんとかしてあげたいし、また、安心して仕事を任せられるということがあるんだろうと思います。会社として法務局に登記されているといっても、「どこの馬の骨かわからぬ者に簡単には仕事を任せられぬ」なぜなら、「日本を代表する仕事です」ましてや、「国民の血税を使っていますので」。偏見もあるかと思いますが、私はそう思っていました。

それで、私の一匹狼の10年間はどのようだったかというと、それは現場サイドへ嵌り切ったような状況で、その立場で、日本からやって来る専門家の視線を現場への焦点へと合わせることが私の重要な使命と考えていました。もちろん、その十年の間には、プロジェクトを実施運営するだけでなく、日本国内からの支援機関であった大学に対して、在籍学生を含む大学全体に国際協力の風を吹き込むということもやりました。現地の大学との学術協定の締結などもお手伝いしました。しかし、私の基本的な視線は現地だけを向き、日本国内へは向いていなかったと思います。

その後、会社を作り、JECKと付き合うことになりました。JECKでは、主に神奈川県を基盤とした多くのNGO等の団体と付き合いました。まさに、地域と対面するドメスティックな団体が多かったです。JECK推薦で神奈川県の国際理解を促進するために、県知事へ提言するという第5期かながわ国際協力会議の委員にも1年間任命されました。JECKの活動を通して、日本国民に対して、我々の現場を知ってもらう活動に携わったと、私は初めて感じました。

翻って、JECKという媒体が無かったにしろ、「あの10年間はなぜ日本に向けて自分のやっていることを発信しなかったのだろうか?」と思います。「現場が忙しかった」というだけではないような気がします。「私は一匹狼、いつ仕事がなくなっても仕方ない」という変な潔い気持ちでいました。「それにはプロ(?)らしく、よく周りを観察し、一時帰国の折にぺらぺらと自分の行っている国や仕事については話すまい」まあ、そんなことで足をすくわれることはないでしょうが、「気の許せるのは、わかってもらえるのは、同じ釜の飯を喰った者だけだ」というような心境だったのです。「協力隊の連中は、帰国してからよく任国のことを紹介しているじゃないか」と指摘を受けそうですが、「協力隊はいいんです。青年海外協力隊、最近ではシニアボランティアも含めてそれらの事業は、それ自体が、日本への広報の意義もあるから。俺はプロだからそうはいかん」と思っていたようです。これらもろもろの考えが会社設立の経緯ともなったわけですが、最近、このことについて、また気になる仮説が私の頭の中に浮かんできました。

それは、「一匹狼が、いくら現場でその能力が高く、また活躍していても、ODAの国民に対する説明責任を請け負わないというのは片手落ちではないか」という考えです。 また、「そういう人種が我々の世界にあまりに多いのではないだろうか」とも思えてきました。もし、この仮説が正しいとすれば、私は、「私が通った経験を持ってその増長を阻止しなければ」とふつふつと感じているところです。唐突に聞こえるかもしれませんが、今でも昔の私と同じような一匹狼と現場で出会ってしまうと、つい、「会社に所属しなさい。所属がいやならご自分で会社を開きなさい。独立しなさい。個人で身を売るようなことはもう止めましょう。そうして、どうどうと自分のやってきたことを広めましょう。」という風に言いたくなってしまいます。みんなが「じゃあ雇ってくれ」と来るのも困りますので、個々人にはそう言うつもりはありませんが……。

さて、ODAが国民の血税であると言うなら、説明責任「アカウンタビリティ」こそ、クライアントにとって最重要項目です。これもあまり知られていないような気がしますが、我が国のODAは、「人間の安全保障」を理念として掲げています。この取組みのために重点課題や多種多量の理論やツールが日々生まれていますが、これらの新理論や新ツールに惑わされることなく、鳥瞰すれば、人間は人間、人は人が診ることができるのだと私は信じています。それなら、現場の我々が本当にODAの意義を観る、知ることができる最前線に居ると思えます。ならば、クライアントだけが国民への説明責任を負うのは、これは大変な気がしますし、現場の我々もそういう責任を持つべきなのではないかと思います。また、我々コンサルタントは、近年富に現場において、展開中のプロジェクトのアカウンタビリティを相手国や他ドナー関係者に対して果たすことが重要視されており、アカウンタビリティを得意とする国際NGOにはまだ及ばない所もありますが、かなり訓練されてきていると思います。コンサルタントが所属するコンサルティング会社は、国民に対する説明責任には自然と一端を負うものだと思います。なぜなら、会社として自ら請け負っているプロジェクトを広報するのは当たり前だからです。こう書きながら、恥ずかしながら、会社のホームページを全面改訂しなければという宿題を、今、思い出しました。弊社も説明責任を果たさなければなりません。ビジネスモデルと同等の重みだと反省しております。

エリトリア写真SANY0014-2.jpg一部では北朝鮮より開かれていないと言われている国エリトリアでの一コマ最後になりますが、JECKの活動は国民に対するアカウンタビリティだとまでは言いませんが、大変に意義のあることだと益々考えるようになっています。今後ともしぶとい活動の継続を期待するとともに、私も微力ながらお付き合いしていく所存です。

本稿は、新しい試みだと期待しています「JECK論壇」への一投の気持ちで書き下ろしました。私にとって、上で延べたもやもやを晴らす良い機会と思って書き進めました。結果、雑記のようなものになってしまった感もありますが、ぜひ同僚皆様からのご意見お待ち申し上げております。もちろんクライアント関係者からのご意見も大歓迎です。いつでも論壇に乗りまっせ。

JECK会員
(株)ティーエーネットワーキング 代表取締役
谷保 茂樹

リンク:帰国専門家連絡会かながわ(JECK: JICA Experts’ Conference Kanagawa)