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The scene

パクセー便り#8
「ラオス国母子保健統合サービス強化プロジェクト」
へ派遣中の建野技術顧問からのお便り

 

パクセーはラオスで2番目に大きな街で、チャンパサック県の県庁所在地。
プロジェクトの事務所は同県保健局・母子保健課内に置かれています。

交通事情

「母子保健統合サービス改善プロジェクト」は、南部4県を対象に展開しています。プロジェクト事務所は、チャンプサック県の県庁所在地であるパクセーの保健局に位置し、3県の保健局は、ここから車で3時間前後のところに位置しています。活動の多くは2、3泊の泊まり込みで、専門家、通訳、運転手、車で、チームとなり、活動を行っています。

幸い県庁所在地間の道は舗装されており、雨季でも問題は少ないのですが、郡病院やヘルスセンターへの道は舗装されてないところも多く、雨期になると行けなくなるところも出てきます。ラオスの保健指標等の社会統計で、舗装した道にアクセスできるか、できないかで二分し、舗装した道にアクセスできるところとできないところでは、さまざまな指標に大きな差が表れています。妊産婦死亡率の高い原因の一つとして、医療施設へのアクセスが難しいことが上げられているのも理解できます。

日本では、1960年代から70年代にかけて、「無医村」「無医地区」が大きな問題として取り上げられていました(現在でも無医地区問題は存在しています(i))。半径4kmに医療施設がないところを「無医地区」と呼び、多くの地区で医療施設の設置を試みましたが、医師の配置や維持等に困難をきたし、なかなか改善できない状況が続きました。一方、幹線道路の整備や豪雪時の除雪作業等で道路の確保に努め、近隣の医療機関へのアクセスが改善したことにより、現在では、「医村」問題は以前ほど取り上げられなくなっています。

ラオスでは、基幹都市間の道路は舗装されており、一部損壊が激しいところもありますが、メインテナンスにも努めています。南部4県では、県庁所在地間はパクセーを中心に結ばれており、一般の人びとは、1日数往復する乗り合いバスで行き来しています。毎週プロジェクト活動で出かける、アタプーやセコン、サラバンへの途中で、バスの天井に荷物を山積みし、乗客を満載したバスに出会ったり、追い越したりしています。時に、巨大な丸太を積んだ大型トラックにも出会いますが、積み荷の多くは、ベトナムや中国へ不法に運び出されているとの噂も聞きます。

首都ビエンチャンとの交通機関は、飛行機と長距離バスですが、飛行機は高価なために、庶民は長距離バスを利用しています。朝6時過ぎの長距離バスのバス発着所には3、4台の深夜バス(二階建、寝台バス)が到着し、大きなリックを背にしたバックパッカーの人たち(主に欧米人)が次々と降りてくるのに出会います。公共機関の職員の出張は、課長以上は飛行機ですが、それ以下はバスを利用することに決められています。通常深夜バスを利用していますが、7、8時間を要します。唯、深夜バスは、事故を起こすことが多く、危険とのことでJICA専門家は利用することを禁じられています。そのために、ビエンチャンに行くときは飛行機になりますが、その飛行機も50~60人乗りのプロペラ機で、この1年間に2度ほど落ちています。一度目は、パクセー空港に着陸直前に墜落したのですが、プロジェクトの専門家も危うくこの飛行機に乗るところでした。

Pakse8-1.jpgパクセーの街中の交通機関は、オートバイが主流で、乗用車や自転車、「トゥクトゥク」がこれに交じって走っていますが、隣国のハノイやプノンペンと比べて混雑具合はそれ程ではありません。「トゥクトゥクとは、庶民のタクシーで、もともとはタイの乗り物です。パクセーの町にはタクシーはなく、「トゥクトゥクがタクシーの代わりで、至る所の盛り場で客待ちの「トゥクトゥクがおり、街の中を流している運転手から声をかけられることもよくあります。我々も車が手配できない時は、利用します。

農村地帯では、オートバイや耕運機に荷台をつないだものが主流です。時には10人前後の人を乗せ、悪路をものともせずに走っています。

Pakse8-2.jpgただ、この「乗合車」が泥道を通過すると、泥道はますます凸凹になるのですが、このようなデコボコ道をオートバイは器用なハンドルさばきで走っていきます。舗装されていない(悪路)へのアクセスしかできない人びとにとって、耕運機車は、特に雨季には、救急車となったり、搬送車となったりします。

ラオス南部4県の保健医療のレファレルシステムを考えるとき、地域の交通事情や道路事情を抜きにしては考えられません。先に述べたように、日本の無医地区、無医村では、当初、ヘルスセンター(診療所)を整備し、医師を配置することに取り組みましたが、医師の確保や診療所の維持に困難を来し、対策の重点を二次、三次病院へのアクセス確保に力を入れることに転換し、道路整備、豪雪対策、救急車(搬送車)の配置を行うとともに、受入れ機関病院の充実を図りました。搬送可能な地域に同じような機能を持った施設を作ることは、人的、物的余裕のあるところは別ですが、制限のあるところでは避けるべきだと思います。南部ラオスでは、「搬送可能(時間的要素も含みます)な地域」と当分の間は「搬送不可能な地域」とに分けてレファレルシステムを考えるべきではないでしょうか。前者では、道路整備、搬送体制の充実を重点的に行いつつ基幹病院を整備し、後者では、ある程度の疾患は地域で解決できるような体制、場合によっては、「遠隔医療」も考える必要があると思います。地域医療体制を考えるとき、パッケージ的な考え方はできるだけ避け、地域の状況に対応可能な対策を、ケースバイケースの計画を、現場の人びとと一緒になって考え、作っていくべきではないでしょうか。

(1) へき地保健医療対策は、昭和31年度から9次にわたってへき地・離島に係る保健医療対策に係る計画を策定し、直近の第9次へき地保健医療計画は、平成13年度から実施されている。この間、へき地診療所の設置・支援、巡回診療の実施、へき地医療を担当する医師の派遣、へき地医療拠点病院やへき地医療支援機構の設置を通じた支援などにより、へき地・離島における保健医療サービスの確保・充実に努めてきた結果、また、道路整備の向上による時間距離の短縮等の効果なども影響し、無医地区、無歯科医地区の減少など、へき地・離島の保健医療サービスの確保状況が改善している傾向にあり、一定の成果が現れている。

(建野/㈱ティーエーネットワーキング)
2014.8.19