The scene

パクセー便り#1
「ラオス国母子保健統合サービス強化プロジェクト」
へ派遣中の建野技術顧問からのお便り

 

パクセーはラオスで2番目に大きな街で、チャンパサック県の県庁所在地。
プロジェクトの事務所は同県保健局・母子保健課内に置かれています。

カウニャウを手づかみで食べながら想う
――医療とそれ以外の要因と…



ラオスに赴任して2ヶ月が経ちました。社長よりそろそろ何か書くようにとの指示がありましたので、ひとまず書き始めることにします。現場で感じたこと、思いつくこと、頭にきたこと等を書いてみます。

我々が担当しているプロジェクトは、「ラオス南部4県の母子保健(Maternal Newborn and Child Health: MNCH)サービスの受療率が向上する」ことを目的として展開しています。プロジェクトは3年半が過ぎ、残りの期間を私がチーフアドバイザーとして担当することになりました。プロジェクトの紹介はいずれすることにして、今回は、先日、現場活動で感じたことをお伝えします。

プロジェクトでは、ヘルスセンターレベルでの活動を重視し、コミュニティレベルでの活動に積極的に取り組んでいます。先日、メコン川の中州にあるヘルスセンターで、健康教育活動のモニタリングをするということで、チャンプサック県の保健局の人たちと出かけました。チャンプサック県(県都パクセー)ソクマ郡保健局の管轄で、郡の保健局長も同行しました。

ソクマ郡は、パクセーより100キロ弱の距離にありますが、途中からは、4輪駆動車で車酔いする程の悪路です。初日はソクマのゲストハウスに一泊しました。次の日は、早朝にソクマの町から再び悪路で渡し船の船着き場に行き、ボートで30分位かけて中洲にあるマクミ・ヘルスセンターを訪ねました。フランスのNGOである、世界の医療団(Medicine du Mondo)の支援を受けているために、分娩室、水回り、分娩セット等基本的な設備は整っており、スタッフもコミュニティ助産師(Community Midwife)を含めて4名配置されていました。

健康教育活動には、妊婦を中心に50名位が集まり、県等で研修を受けたヘルスセンターのスタッフがJICAや世界の医療団が作成した視覚教材を使って教育活動を行いました。説明はどちらかというと一方的で、もっと参加型にしてはどうかとか、ロールプレー手法を導入してはどうか等のコメントが県保健局職員よりありましたが、私も全く同意した次第。講義の後には、ヘルスセンタースタッフは子どもへの予防接種や妊婦健診等を行っていました。

その間、保健局の職員たちは、それぞれが持ち寄った食材で料理作りを始め、私も、もち米(カウニャウ)を主食に手づかみで味わいました。特に、生のパパイアの千切り料理はもち米とよく合い、絶品でした。

料理法が変わっています。包丁を「チョップ、チョップ(”chop, chop”)」 と言いながら、反動をつけて軽く生パパイアに振り下ろします。そして、また「チョップ、チョップ」と刃を入れ、削り取る。これを繰り返し、山もりの生パパイアに、きざんだ青唐辛子をたっぷりまぜ、酢と油をからめます。多少、塩・コショウをしたかもしれません。激辛でしたが、刺激的で、よく食しました。ヘルスセンターでは、これに小魚を発酵させた臭いの強い調味料を加えていました。

食事を味わいながら、ヘルスセンターの利用状況に関し、少々の聞き取りを行いました。

驚いたことに、これ程(?)の設備や人員を備えながら、お産は月に一例あるかないか、だそうです。また、同ヘルスセンターのカバー地域での施設分娩率は2割位(多くが郡病院を利用)、伝統的分娩介助者(Traditional Birth Attendant: TBA)によるお産も多いとのことでした。我々は、施設分娩率が低く、専門技術を有する分娩介助者(Skilled Birth Attendant: SBA)による分娩率が少ないと聞くと、すぐに、設備が悪いからとか、SBAがいないからで済まし、それらの整備や育成に大半を投入しているような気がしてなりません。もちろん、両者ともに大きな要因であることに変わりはないのですが、もっと重要な原因があるのではないでしょうか。文化的(伝統的)背景、経済的背景、宗教的背景、物理的背景(アクセス)などなど多々あると考えるべきです。「人」や「もの」の問題を解決することだけで、妊産婦死亡率や乳児死亡率が大きく改善するとは思えません。

今回の経験で感じたのは、まず、サービスへのアクセスをどうするかということでした。いくら立派な施設を作っても、SBAを配置しても、あの悪路ではおそらく近づけないでしょう。今回の身近な例ですが、ここの診療所は対岸の地域の村もカバーしていますが、ボートを降りて診療所に行くには崖道を滑りながら登らねばならず、到底妊婦が行けるものではありません。分娩台よりは、この崖道に妊婦でも登れるような階段を作る方が、はるかに優先度が高いのではないでしょうか。

それに、今回の健康教育イベントでも、多くの妊婦が来ていましたし、産前健診はヘルスセンターで受診しているが、実際のお産は、自宅で家族の人に手伝ってもらったり、時には一人で産んだりしているとのことでした。別の地域での調査ですが、出産場所に自宅を選んだ理由として表のような理由をあげていました。ここでは、ヘルスセンターに良い設備がないとか、適正技術を持ったお産の介助者がいないといった点はヘルスセンターを利用しない理由にはなっていません。「今まで問題がなかった」ので自宅分娩を選んだというのが約4割に達しています。そもそも、なぜ全員が施設分娩でなければならないのでしょうか。自宅分娩では、妊産婦死亡率の改善は期待できないのでしょうか。

「チョップ、チョップ」の世界や、至るところ悪路だらけの世界では、いくら立派な保健施設作り、SBAを配置しても、大幅な施設分娩率の増加や妊産婦死亡率の改善は期待できないのではないでしょうか。

異常分娩の占める割合は、一割程度といわれています。異常の多くは、産前健診にて見つけることが可能です。正常分娩に関しては、余計な邪魔さえしなければ(基本的な手順さえ守られれば)、自宅でも施設でも特に大きな問題はないといわれています。基本的な手技を学んだコミュニティ助産師やTBAによる介助で十分です。これらの介助者とヘルスセンターとの連携・協力ができるようなシステムを作ることも一つの解決策ではないでしょうか。TBAに対する偏見も考える必要があります。全面的に否定していては、ないない尽くしの世界では現実的でないことは自明のことではないでしょうか。コミュニティ助産師に近い、もしくはそれ以上の技能をもったTBAもいるはずです。彼女らの経験やスキルを有効に活用しない手はありません。

問題は、異常を持つ妊婦対策です。分娩時に異常が発生したら緊急対応ができるように環境を整えるにはどうすればいいか、これこそ現場に関わる人たちが考えることだと思います。おそらく、医療人だけでは抜本的なアイデアは生まれてこないと思います。ここでは、「世界的に証明された手法」だけで問題を改善することは難しいでしょう。


”私はここで産みました”

(建野/㈱ティーエーネットワーキング)
2013.10.15