パクセー便り#6 「ラオス国母子保健統合サービス強化プロジェクト」 へ派遣中の建野技術顧問からのお便り
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パクセーはラオスで2番目に大きな街で、チャンパサック県の県庁所在地。 プロジェクトの事務所は同県保健局・母子保健課内に置かれています。
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施設分娩率
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我々のプロジェクトのプロジェクト目標は、「南部4県の母子保健サービスの受療率が向上する」で、その成果として、(1)県・郡保健局による母子保健事業が適切に運営管理される、(2)保健医療サービス提供者の母子保健サービスに関する知識・技術が向上する、(3)さまざまな組織と連携して、母子保健事業のための住民啓発活動が強化される、のデザインのもとに活動を行っています。要するに、母子保健の行政能力強化と住民啓発活動を通して、予防接種率、妊婦健診受診率、施設分娩率、必要技能を有する分娩介助者(Skilled Birth Attendant: SBA)の介助による分娩率等の向上、改善を図るものです。
昨年末の4県合同会議での各県からの報告によりますと、各県ともに母子保健サービスに関する受療率は大幅に改善しましたが、施設分娩率とSBAの介助による分娩率だけは、どの県も30%以下という状況で、大幅な改善は見られておりません(表1)。施設分娩やSBAの介助による分娩は、妊産婦死亡に密接に関連しており、これらの改善なくして妊産婦死亡率の改善は期待できないと言われています。他の指標は改善がみられるのに、肝心の指標の改善が進まないのは何故なのでしょうか。以前、チャンパサック郡ツクマにあるヘルスセンターを視察した時の感想をパクセー便り1で以下のように報告しました。
――これ程(?)の設備や人員を備えながら、お産は月に一例あるかないか、だそうです。また、同ヘルスセンターのカバー地域での施設分娩率は2割位(多くが郡病院を利用)、伝統的分娩介助者(Traditional Birth Attendant: TBA)によるお産も多いとのことでした。我々は、施設分娩率が低く、専門技術を有する分娩介助者(Skilled Birth Attendant: SBA)による分娩率が少ないと聞くと、すぐに、設備が悪いからとか、SBAがいないからで済まし、それらの整備や育成に大半を投入しているような気がしてなりません。もちろん、両者ともに大きな要因であることに変わりはないのですが、もっと重要な原因があるのではないでしょうか。文化的(伝統的)背景、経済的背景、宗教的背景、物理的背景(アクセス)などなど多々あると考えるべきです。「人」や「もの」の問題を解決することだけで、妊産婦死亡率や乳児死亡率が大きく改善するとは思えません。――
という訳で、過去の報告を少々参考にしながら分析を加えてみました。
プロジェクト初期に前岡林チーフアドバイザー等が行った調査を図1に示しましたが、出産場所を自宅に選んだ理由として「金がない」を過半数の原因として挙げています(資料1)。セコン県では、2年位前より、施設による分娩費用の無料化が実施されており、数パーセントの改善は見られていますが、そのことが施設を利用できない大きな原因になっているとは思われません (i)。同時期に、澄川氏等は、プロジェクト対象県の一つセコン県マラム郡 (ii)で、施設分娩率とソーシャルキャピタルとの関係の調査を行い (iii)、施設分娩率とソーシャルキャピタルの関連性を指摘しています。本論文では、対象者の約70%がアニミズムを信仰しているとしていますが、このことと施設分娩率に関する分析はなされておりません。
嶋沢氏は、十数年前にセコン県で助産師として医療援助活動を経験し、その後、文化人類学的立場から同地区の調査を行い、モン・クメールの人々にとっての伝統的出産の経験と病院での出産という近代の経験に分析を加えています(資料3)。嶋沢氏は、「モン・クメールの人にとって、出産の経験は西欧の用意した近代化言説とは異なっている。近代における出産のリスクが身体的苦痛であるとするなら、モン・クメールにとってのリスクは精霊ピーとの関係(距離)で表される」といっています。モン・クメールの人びとからみると、病院での出産は、ピーのうごめく場所として認識される場所での出産であり、大変リスクの高い出産と認識されているのです。お産のスタイルに関しても、「安全」、「管理」を理由に施設で、分娩台の載石位(仰臥位)でのお産がラオスでも進められています。一方、モン・クメールでは、自宅の縁側でひざ立ちの姿勢や自宅裏の簡素な小屋で出産し、多くが夫の介助が伴っている例が多く見られています。
我々が取り組んでいる母子保健行政能力強化と住民啓発活動が成果を挙げつつあることは間違いありませんが、このやり方だけで施設分娩率やSBA介助による分娩率は改善するのでしょうか。精霊ピーの住む場所でのお産や、お産の「スタイル」がモン・クメールの人々には受け入れられていないのではないでしょうか (iv)(v)。妊産婦保健ケアを阻害すると考えられる文化的要因を取り除くための介入を考える前に、モン・クメールの文化・社会に受け入れられる方法を考える必要があります。産前健診率が大幅に向上・改善していることを見ますと、保健医療者とコンタクトをとること自体に大きな問題があるとは思えません。その辺を切り口にした介入方法で、モン・クメールの人々の妊産婦死亡率が改善することを模索したいと思います。ここでも、「言うは易く、行うは難し」です。
資料1)岡林広哲等: 2011、ラオス国セコン県における女性の母子保健サービス受療に関する調査、第26回日本国際保健医療学会学術大会 資料2)澄川恵美子: ラオス人民民主共和国セコン県において医療従事者が女性の施設分娩の促進に果たす役割 資料3)嶋沢恭子: 2003、出産を経験するということーモン・クメールの人々と近代的出産 http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/shimz01.html
(i) チャンパサック県、サラバン県、アタプー県では、1013年4月より分娩費用並びに産前健診料は無料となった。 (ii) セコン県の中心部にある郡で、人口約27,000人(2005年)。ボンヘルスセンターの管轄する全7村を対象。 (iii) 対象は過去2年以内に妊娠・出産した全女性376名で、調査に同意した367名に実施。 (iv) 日本では、最近、「人間的なお産」ということで、分娩台でのお産は少なくなり、また、夫や家族が立会いするお産が増えてきている。 (v) ブラジルで実施したJICA「光のプロジェクト(Projeto Luz)(1996-2001)」、は、「安全で人間的な(自然な)出産と出生」の達成を理念に、妊娠・出産に必要な知識と技術を広めることを目的として、セアラ州内の医師、看護婦、准看護婦等を対象に妊娠・出産をめぐるサービス向上のための研修や、人間的な出産と出生を進めるリーダーを育成する「変革者養成コース」など、さまざまなレベルで人材育成を行った。また、セアラ州内の参加施設における陣痛-分娩-分娩直後のケアを一貫して行うシステムの導入、高齢出産等、リスクの高い妊婦を出産前に入院させる「お産を待つ家」の新設、また、性感染症/エイズの感染予防のためコンドームの安価販売も実施した。このプロジェクトによって、産科施設の医療従事者が温かいケアを行うようになった結果、多くの女性が帝王切開ではなく自然分娩による出産を希望するようになった。
(建野/㈱ティーエーネットワーキング) 2014.1.22
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