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2013年6月、私は保健学科母性看護・助産学分野教授への就任が医学部教授会で正式に承認され、辞令を待つのみでした。医学部の承認から数日後、医学部長から、突然の呼び出しがあった時も辞令交付だろうとのんきに出かけていきました。そこで、医学部長から直々に依頼されたのが本プロジェクトへの参加でした。当時、このプロジェクトは、2009年度より医学部医学科公衆衛生・疫学分野が担っておりましたが、2010年度に入り、本プロジェクトの成果3の方向性が助産師育成へと絞られました。これに対して、公衆衛生・疫学分野教授の本プロジェクトからの辞退に等しい申し出があったようです。この曲面に苦慮した医学部長の苦肉の策が私へのプロジェクト参加依頼でした。
琉球大学はアジアや南の国々へ開かれた国際協力のできる人材教育をアカデミック・アドミッション・ポリシーとして謳っています。もし、このプロジェクトが中途で挫折してしまったら取り返しのつかない事態になると医学部長は強い危機感でもって私を説得してくれました。英会話力が皆無に等しい私にとって、開発途上国への人材育成支援という大きな責務を引き受けてよいものか悩みました。そこへ、急遽東京より来沖したティーエーネットワーキング谷保社長の熱意とJICA国際ボランティアへ志願していた娘(長女、現在ジャマイカJOCV)の強い後押しもあって、お引き受けすることになりました。思い起こしても、相当無謀で、恐いもの知らずであったと赤面します。私よりも、有能で、実績のある人材が無数に存在する国際貢献の世界です。何かと自分の至らなさに自己嫌悪に陥る毎日を過ごしながら、今日にいたっています。何よりも、私を悩ませてはばからない英会話力の乏しさは、逆立ちしても向上は見込めません。それならば、開き直って英会話は通訳に全面的に依存して、私の専門分野の技術支援のみに集中しようとの考えに切り替えました。変な英語を乱発しながら、現地のカウンターパートや助産師たちと人間関係を構築していくことにしました。
本年1月はじめにJICA終了時評価団報告が出されましたが、助産師技術の研修能力育成に関する成果3はまだ課題はありますが、概ね良い評価を得ております。各国援助団体が入り、多彩な援助を繰り広げている中、私ども琉球大学チームは、できるだけ実践的に、相手に寄り添いながら現場で丁寧に技術研修を積み重ねていく手法をとりました。この方法は、まさに琉球大学助産実習で取り入れている学生に教員が傍に貼りついて技術・知識の確認を行いながら行う実習スタイルと同様のやり方です。資金と物資の援助に加え、ソフト面への援助を重視した日本型助産師育成モデルとして、これからも継続していくことが望まれます。
また、この2年間、人間として魅力的な大勢の南スーダンの方たち(保健省看護助産課長のジャネットさん、ジュバ看護・助産学校校長のワワさん、中央保健省人材育成課のビクトリアさん、ジュバ教育病院のジャメリアさん、元ジュバ教育病院院長のフェストさん、そして、全州からの受講生の皆さんなど)と本プロジェクトの仕事ができたことは一生の宝物です。
私を支えてくれました、助産専門家である川満恵子さん、古謝安子さん、通訳の東恩納美樹さん、伊野波直子さん、平田美樹さんらとの苦しくも楽しかった現地での日々は忘れることができません。もちろん、谷保社長、笠原光さんをはじめ、ティーエーネットワーキングの方々からも惜しみない援助をいただきました。最初に私の通訳を務めてくれた長女、千香子へも感謝しないといけません。親子といえども、お互いを厳しくいさめあい緊張感を持った日々を過ごしながらよい成果を出せるように頑張ったスタートの日々でした。特に外国人と接する場合における英語圏での常識を、留学経験のある自分の子から教えられることの多いふがいない毎日でした。
さて、本題である本プロジェクトのもたらした琉球大学へのインパクトで最大のものは、学生たちの国際貢献への興味であろうと思っています。もともと琉大保健学科は、この分野に興味を持つ学生が多数存在しています。アジア熱帯医学研究会をはじめ、タイ、ラオス、ネパールなどさまざまな国々との学生間交流が年間を通して行われています。同じ地球に生きる人間として、過酷な環境の中で苦しんでいる人びとを援助したいと願う若者が大勢いるということです。私の南スーダンでの活動が、JICAホームページや医学部ホームページに掲載されたこともあって、大学院や学部の授業の中で活動内容を問うことが多くなりました。皆熱心に興味深く授業に参加してくれ、自らの体験と重ね合わせながら、将来構想に役立てるという学生もおりました。他学部の学生からも広報活動の一環としての取材もありました。副学長からは、本学科と他看護系大学との違いや特徴を明確にするためにも、本学科大学院前期課程に留学生特別コースの設置を概算要求として出すよう求められています。このことも、本プロジェクトがもたらした副次効果と考えています。私の分野への大学院前期課程入学希望者は今年3人と一挙に増えてうれしい悲鳴です。3人の志願者のうち1名は母子保健分野の国際貢献をテーマにしていますので、このことも、本プロジェクトの副次効果かと思われます。
かつての日本の助産師教育が100年前にさかのぼって評価されているように、南スーダンの助産師教育も確実な成果を上げるまでは長い時間が必要です。でも、教育とは、地道にコツコツと基盤を作り上げてこそ、次世代に残る良質な資質が育成されると思います。
私が尊敬してやまない、もと京セラ会長である稲森和夫氏の心に残る言葉があります。「ものごとに筋が通っているか、すなわち道理に適っているかどうかを判断するためには、単に論理的に矛盾がないかということだけでなく、それが人としてとるべき道に照らし合わせて、不都合がないかという確認が必要だ。つまり、ものごとの評価基準の最たるものは善か悪かなのである」という内容です。稲盛氏は、京セラや第二電電(現KDDI)などを創業し、夕日ビールといわれたアサヒビールを優良企業に育て上げ、2011年より経営の破綻した日本航空(JAL)の会長を務め、1年でV字回復の黒字業績を実現させました。また、「京都賞」という国際的な顕彰事業を行う稲盛財団を設立し、ボランティアで、中小企業経営者を育成する全64塾(海外10塾)、7,100人余の若い経営者が集まる経営塾盛和塾の塾長を務めるなど、広範な活動を続ける御年80歳のお方です。さらに氏の言葉でとても共感を覚えるメッセージがあります。「企業は株主や顧客のためにあるのではない、企業はその社員や家族が幸福になるために存在価値がある」というものです。
企業ではありませんが、大学の教室運営でもこのポリシーは生きていると考えています。つまり、わが分野の教室員やその家族が幸福でなければそこで行われる教育や研究の仕事に価値はないというものです。そのことの意味することの重大さをいつも胆に銘じて仕事をしております。そして、人間にとって、社会にとって役立つものでなければ学問として意味はないと考えています。助産師育成は、母子とその家族の建康・幸福にとって役立つ学問であると自負しております。思春期の若者に対する健康教育活動など地域貢献においては、どんなに忙しくても依頼があれば、最優先で前向きに対処することにしています。
このように、本プロジェクトが琉球大学へ与えましたインパクトは重大であると考えます。人材育成の対象が、助産師から他のコメディカル、あるいは医師へとシフトしていく可能性が大きいのですが、可能な限りの協力を惜しまないつもりでおりますことをお伝えしたいと思い、この拙文をしたためました。本当に、よい機会を与えてくださり感謝いたします。
琉球大学医学部保健学科
大嶺 ふじ子
リンク:琉球大学医学部 Topics